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2008年3月

2008年3月29日 (土)

離任式

Sany1090s2_3  26日が本校の離任式でした。職員の1/3が異動するという大きな人事でした。しかし,それが,「辞令交付後,新聞発表以前」に,きちんと児童や保護者伝えられていないということに疑問を感じました(新聞に載らない職員の方もいますし)。儀式というものは,形式ですが,それを行う意味は,気持ちを切り替えることだと思います。だから,子どもたちにも心の準備をして式に臨んでほしいと思うのです。当日の朝,新聞で教職員の異動を知り,手紙を書きたかったが時間がなかったという子どもも少なくありませんでした。

 人は出逢ったら必ず別れなければならない。究極の別れは,死です。残された者は,それを受け入れるため葬儀というセレモニーが必要なのでしょう。離任式も同じだと思います。教職員は子どもと,子どもは教職員と別れなければならない,それを事実としてとらえ,受け入れるために儀式があるのだと。

 そしてもうひとつ,儀式だけでなく,「悲しいときには泣く」という行為が必要だと思います。それがきちんとできないと,死という事実を受容し,次の段階に進むことができないといわれています。離任式で涙を流すのだって,同じではないでしょうか。

 うれしいときには笑い,悲しいときには泣けばいい。いつも私は,子どもたちにそう言ってきました。離任式の転任のあいさつでは,最初の教頭先生から涙ぐんでいました。そして,その後の職員の涙,涙,なみだ…。子どもたちも泣いていました。そんな離任式を,本当にすてきな,いい式だったと思います。

 泣くことを教える,それも,大人が身をもって。子どもたちにとって,それがとても大切なことだと思います。自分の気持ちに気づき,それを態度や表情や言葉で表現すること,それは,小さい頃から積み上げていかなければならないんだろうなあと思いました。

 お世話になった先生方と握手したりハグしたりして,6年生の女の子たちもたくさん泣いていたなあ。男の子はてれくさそうにしていたけれど,これまで築いてきた関係とその日の別れが,またひとつ彼らの気持ちを育てることができたんだろうなと思いました。

 その夜の送別会も,定年退職される技能員さんへの記念品の贈呈と感謝状の朗読,そして本人のあいさつも涙,なみだ(司会しながら泣いてました私)…。これまたすてきな退職を祝う会と送別会になりました。

 やっぱり今年も,春は別れの季節でした。でも,別れがあれば,また新しい出逢いもある。そして,出逢ったら,いつかは別れなければならない。だからこそ,その出逢いを大切にしよう,大切に育てよう。そう思いました。

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2008年3月23日 (日)

ホーム・スイートホーム

Cover 春分の日に,「ホーム・スイートホーム」という映画を親子3人で見に行きました。ひとりの痴呆症の老人をめぐる,その息子夫婦,そして孫娘たちの苦悩と軋轢を描いた作品です。

 元オペラ歌手の山下宏は,ふるさと岩手のグループホーム「おばんでがんす」の前に置き去りにされるのですが,そのグループ・ホームとの出逢いが,宏を変え,孫娘を変え,家族を変えていきます。

 原作・脚本の松山善三さんは,「真の介護は,何歳になっても自分のことは自分でする『自立して生きる』それを自分に課すような教育,思いやり,援助の中にある。」とパンフレットに書いています。そして,「小さなグループ・ホームこそが,まことの老人ホームだ。」と。

 こんな家族のかたちもある。そして,こんな死の迎え方もある。家族とは,老人介護とは,そして死をどう迎えるのか…。そんなことを考えさせられた映画でした。

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2008年3月22日 (土)

卒業式

Sany1045s2 とうとう昨日が卒業式でした。終わってみるとあっけないというかあっという間でした。でも,できばえは,今までの練習の様子からすれば,最高でした。やっぱり本番は,「やる気」を出してくれたんだな,と思いました。

 よびかけの音楽をかけながら,合唱や合奏の部分になると,放送室からそっとギャラリーに出て聞いていました。本当は,フロアにいて,そこから見届ければよかったのかもしれません。でも,放送を担当することで,練習に関わり,当日も卒業式を創り上げる一番身近なお手伝いができたのかな,と思いました。

Sany1041s2 よびかけの最後の方で,Syちゃんが涙声になり,ひな壇から席に戻ると,何人かの女の子たちが泣いていました。そして,男の子にも涙ぐんでいる子がいました。そんな様子を,放送室の窓からずっと見ていたのですが,ふとこちらを見上げたK君と目が合いました。やさしい,とてもやさしい目でした。そのとき,彼と気持ちが通じてるんだなと思ったのでした。

Sany1067s2 式の終了後,元担任ということで,保護者主催の「卒業を祝う会」にお招きいただきました。そのときのあいさつのなかで,卒業生がリコーダーで合奏した「Let It Be」について話をしました。ビートルズについてあまり造詣の深くない私が,このことばに初めて出会ったのは,高校1年の頃,先輩に勧められて読んだ森本哲郎の「ことばへの旅2」という本の中でした。そこには,この英文の直訳として,「あるがままにあらしめよう」と書かれていました。あるがままに?あらしめよう?その頃の私には,ぴんとこなかったと思います。でもそれから30年近くが経ち,再びこのことばに出会った今,私は(歌の内容ではなく)このことば自体の意味を自分なりにこんなふうに解釈したのです。「そのままでいい。そのままのきみでいい。」と。

 担任としての2年間には,いろいろなことがありました。そして,不本意ながらも担任を放れた1年間。その3年間の間,きみたちに出逢い,きみたちと過ごせたから,きっとそんな想いに気づくことができた。そんな想いを持つことができたんだと思っています。人は誰も変わっていく。そして変えなければならないこともある。でも,きみはきみでいい。そのままのきみを私は大切に想い,これからも応援し続けているから。

 卒業おめでとう。

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2008年3月20日 (木)

最後の練習

 今日は,(というか,もう昨日になってしまいましたが,)最後の卒業式の練習でした。2・3校時の練習に付き合って放送室からフロアに降りていくと,M先生が子どもたちに,「じま先生は,これまで毎日練習に来てくれて,絶妙のタイミングでよびかけの音楽を流してくれていた。きみたちのことを本当によくわかってくれているからだ…」といったことを話していました。そして,私に,「最後にひと言どうですか。」と言ってくれたんです。

 実は私,ギャラリーから最後の合唱「さようなら」を聞いていて,「明後日は,ここで泣いているんだろうな…」と思ったら,今日すでに涙ぐんでしまっていたのですが,かまわずに話をさせてもらいました。

 話したのは,「きみたちに今必要なのは,気持ちだ。これまでの練習は,心配なことだらけだったけれど,今日は,M先生が声を掛ければ歌声もちゃんと大きくなる。やればできるんだ。今日の練習を見て,明後日はきっと大丈夫だなと思った。最後の授業である卒業式をM先生と一緒に立派に創り上げてください。」といった前回とあまり代わり映えのしない内容でした。でも子どもたちは,とても神妙に聞いてくれていました。特に,Tt君は,いい顔して聞いてくれていたんです。うれしかったなあ。

 M先生は,「心にしみいるようなお話でしたね。」と言ってくださったのですが,私に機会を与えてくださったそのやさしさに,本当に感謝しています。

 掃除が終わった後,案の定,Maちゃんたちに「先生泣いてたでしょう。きもい。」とか言われてしまいました。

Photo でも,30分休みのFMiちゃんにしろ,Kiちゃんにしろ,Kyちゃんにしろ,いつもと様子が違っていたなあ。「一輪車に空気入れて!」と言うので,付き合ってビデオを撮ったりしていたんですが,久しぶりに蹴りは入れられるわ,上履きはぶつけられるわで,何だか担任していた頃に戻ったようでした。相変わらずそんな表現しかできないんです。でも,言葉にはできなくても,彼女らなりに,卒業なんだ,いよいよもう最後なんだということを感じているんだろうなと思ったのでした。

 「できるかできないかは,やるかやらないかだ。」彼女ら彼らは,きっと最高の卒業式を見せてくれるでしょう。そう信じて,卒業式当日がとても楽しみになりました。

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2008年3月13日 (木)

エール2

 涙が出ました。情けなくて。

 月曜日に卒業式の練習に参加しました。一応,放送の担当になっているので。そうしたら,よびかけは間違えるわ,合唱は声が出ないわで,「もっと頑張れ!」と思ってしまいました。

 終了後,担任のM先生から子どもたちへのアドバイスを求められたので,「練習でできないことは本番でもできません。できるかできないかは,やるかやらないかです。昨年の卒業式のことを思い出しなさい。あの日が,君たちが5年生として一番輝いていた日だったのだから。一年経った今年,今度は自分たちの卒業式を昨年以上のものにするために,残りの日々の練習にしっかり取り組んでほしい。期待しています。」てなことを話しました。担任でなくなって以来,初めて全員の前で話したような気がします,多分。

Sany1016s2 そして,今日は2時間続きで5年生との合同練習でした。入退場や証書授与,よびかけの時の音楽などを,ステージの斜め上にある放送室から流しながら,時折ギャラリーからひな壇を眺めていました。火・水・木と,日を追うに従って,よびかけもメリハリがついてきて,二部合唱も低音部がしっかりしてきたなと思いました。

 やる気になってきたかな。ようやく希望が見えてきました。

 卒業式までの登校日,あと4日。

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2008年3月 6日 (木)

私はどうやって今ここにいるのか3

 大学の入学手続きの日に,「冒険探検部」というサークルに勧誘されました。それが,今は某大学で助教授をしているT先輩との出会いでした。今はもう,ずっと不義理をしてご無沙汰していますが,彼からは,アジア・中国・村上春樹・藤原新也など…実に様々なことを教えてもらいました。旅行会社でのバイトを見つけるきっかけをつくってくれたのも彼でした。大学生活で私が最も影響を受けた人だといえるかもしれません。

 その先輩に誘われて,1986年頃だったか,山手YMCAというところで開かれた開発教育の講座を受講したことがありました。講師には,村井吉敬さんや田中宏さんなどがいたように思います。講座が終わると,時には講師の先生方と一緒に一杯というようなこともありました。

 そんななかで仲良くなった人に,二人の都立高校の先生がいました。ある時,居酒屋で,彼らから,「うちの学校の生徒は,(学力.が低くて)ダメですから…」というふうなことを聞いたことがありました。それは,自身の学校や教え子たちを卑下しているような言い方でしたが,そこから私が感じたのは,その逆で,子どもたちに対する深い愛情でした。さらに,その話の中で,「高校では,遅いよ。」といった言葉に,私が,「やはり,中学校での教育が大事なんですか?」と尋ねると,彼らは,「いや,もっと下。小学校だよ。」と答えてくれたのでした。

 「高校よりも中学校,中学校よりも小学校が,大事なんだ。」そのときの私が,一体何が大事なんだと思ったのか。今考えてみると,多分それは,感性の育成や人格形成といったことだったのではないかと思います。

 そんな,私にとってある意味素敵と思える先生との出会いで,教員という仕事に再び魅力を感じ,それも小学校の教員になろうと,そのときはっきり思ったような気がします。私ってつくづく単純だなあと思います…。

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