2008年4月30日 (水)

終わりは始まりのために

 旧ブログからこのブログを立ち上げて一年間が経ちました。これまで,つたない記事の数々をお読みいただき,そしてコメントをくださった多くの方々には,本当に感謝しています。

 「プライベート&ときどき仕事日記」と銘打ちながら,その内容は,担任することができなかった6年生の子どもたちへの未練たっぷりの想いの記事ばかりでした。そんな彼女ら彼らが中学生になってもう1ヶ月。今日も数人の女の子たちが遊びに来ましたが,誰も皆,立派に中学校生活を始めつつあります。その姿を見ながら,私も,少しずつこころの整理をしていこうと思い始めました。

 ものごとには,始めがあれば必ず終わりがあります。そして,始めたものは終わらせなければなりません。だから,このブログも子どもたちの卒業を機に終わらせることにしました。1ヶ月遅れてしまいましたが。

 

 新旧二つのブログを通して,私が一番感じたことは,「通じ合う」ということでした。記事を通して発信した私の想いが読んでくださった方に通じ,そしてコメントをいただける。それにまた私がコメントを返す…。その励ましがあったからこそ,続けてこられたのだと思います。あるいは,コメントをいただけなくとも,私の気持ちや考えに共感して読んでくださる。ブックマークして頻繁に,いやそれどころか毎日チェックしてくださった方もいらっしゃることをアクセス解析から知ることができました。

 そんなふうに,ブログを通して,保護者の方々と,子どもたちと,そして,その他の多くの方々と「通じ合い」,「つながる」ことができたのではないか,それを実感できたことが,私にとって最大の収穫でした。本当にありがとうございました。

 

 人は生きている限り,何らかの形で表現し続けるのだとしたら,私にもまだまだブログに書けることがありそうに思えます。ただ,それが何であり,どのように書いていくのか,今はまだ,見えてこないのですが。

 それが見つかったら,もう一度,このネット上に戻って来ようと思います。「こころは 青空 3」?で,再びお会いすることができたら,そのときは,またお読みいただき,コメントをいただけたらうれしいです。

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2008年4月 7日 (月)

鹿男なまよみ

 今年もこの季節がやってきました。そう,シカ角です。日曜日に,にばん☆メンバーズの大人7人,子ども6人+ゲストのM先生一家4人と一緒に2008年第1回シカ角探しをおこないました。

 晴天の絶好のアウトドア日よりの中,フィールドに入るやいなや,まずアンディが1本ゲット。幸先のよいスタートを切ったかに思えました。しかしその後は,あまりぱっとせず,午前中の成果は,5本でした。

Sany1130s2  ところが,終了直前に予期せぬことが!何とM先生の娘さんが角付きの頭骨を見つけたのです(写真中央)。かれこれ5シーズンほどシカ角拾いを続けていますが,こんな大物に出会ったのは初めてでした。こんなことがあるから,この時期だけのこのイベントは,まだまだやめられないのです。

 午後からは,男の子2人を引き連れて,3人でもう一度出かけましたが,成果はプラス1本のみ。まだ時期が少し早かったのかなあ。日陰には雪も残っていたし。結局私の成果も1本のみで,かろうじて面目が保てたのか保てなかったのか…。

Sany1135s2 今回,将軍の息子とあけちゃんの娘が,初めてシカ角をゲットできたことが最大の成果でした。しかし,県内のみならず,東京や神奈川から清里の地に集まって来てくれるなかまたちがいるから,そんなシカ角拾いも楽しいんだと思います。

 清里が,キープが,そしてシカ角が取り持つ縁。そんな子どもたちとなかまたちをいつまでも大切にしたい。そう思った一日でした。

 しかし,こりゃあ来週も行くしかない…と密かに?考えている私でした。

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2008年4月 5日 (土)

新年度に

Sany1117s2  新年度が始まりました。私は,職場では,今年もことばの教室を担当します。でも,大好きだった15人の子どもたちが卒業して,このブログ「こころは 青空 2」もまた,ひとつの役割を終えたのだと思います。だから,この先どうしようかとずっと考えていました。「3」として,また新しいブログを始めようかと思ったり…。でも,まだ結論は出ていません。

Sany1123s2 校庭の桜ももうすっかり満開です。別れがあり,そしてまた出逢いがある。でも桜は毎年同じように花を咲かせてくれるのです…。

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2008年3月29日 (土)

離任式

Sany1090s2_3  26日が本校の離任式でした。職員の1/3が異動するという大きな人事でした。しかし,それが,「辞令交付後,新聞発表以前」に,きちんと児童や保護者伝えられていないということに疑問を感じました(新聞に載らない職員の方もいますし)。儀式というものは,形式ですが,それを行う意味は,気持ちを切り替えることだと思います。だから,子どもたちにも心の準備をして式に臨んでほしいと思うのです。当日の朝,新聞で教職員の異動を知り,手紙を書きたかったが時間がなかったという子どもも少なくありませんでした。

 人は出逢ったら必ず別れなければならない。究極の別れは,死です。残された者は,それを受け入れるため葬儀というセレモニーが必要なのでしょう。離任式も同じだと思います。教職員は子どもと,子どもは教職員と別れなければならない,それを事実としてとらえ,受け入れるために儀式があるのだと。

 そしてもうひとつ,儀式だけでなく,「悲しいときには泣く」という行為が必要だと思います。それがきちんとできないと,死という事実を受容し,次の段階に進むことができないといわれています。離任式で涙を流すのだって,同じではないでしょうか。

 うれしいときには笑い,悲しいときには泣けばいい。いつも私は,子どもたちにそう言ってきました。離任式の転任のあいさつでは,最初の教頭先生から涙ぐんでいました。そして,その後の職員の涙,涙,なみだ…。子どもたちも泣いていました。そんな離任式を,本当にすてきな,いい式だったと思います。

 泣くことを教える,それも,大人が身をもって。子どもたちにとって,それがとても大切なことだと思います。自分の気持ちに気づき,それを態度や表情や言葉で表現すること,それは,小さい頃から積み上げていかなければならないんだろうなあと思いました。

 お世話になった先生方と握手したりハグしたりして,6年生の女の子たちもたくさん泣いていたなあ。男の子はてれくさそうにしていたけれど,これまで築いてきた関係とその日の別れが,またひとつ彼らの気持ちを育てることができたんだろうなと思いました。

 その夜の送別会も,定年退職される技能員さんへの記念品の贈呈と感謝状の朗読,そして本人のあいさつも涙,なみだ(司会しながら泣いてました私)…。これまたすてきな退職を祝う会と送別会になりました。

 やっぱり今年も,春は別れの季節でした。でも,別れがあれば,また新しい出逢いもある。そして,出逢ったら,いつかは別れなければならない。だからこそ,その出逢いを大切にしよう,大切に育てよう。そう思いました。

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2008年3月23日 (日)

ホーム・スイートホーム

Cover 春分の日に,「ホーム・スイートホーム」という映画を親子3人で見に行きました。ひとりの痴呆症の老人をめぐる,その息子夫婦,そして孫娘たちの苦悩と軋轢を描いた作品です。

 元オペラ歌手の山下宏は,ふるさと岩手のグループホーム「おばんでがんす」の前に置き去りにされるのですが,そのグループ・ホームとの出逢いが,宏を変え,孫娘を変え,家族を変えていきます。

 原作・脚本の松山善三さんは,「真の介護は,何歳になっても自分のことは自分でする『自立して生きる』それを自分に課すような教育,思いやり,援助の中にある。」とパンフレットに書いています。そして,「小さなグループ・ホームこそが,まことの老人ホームだ。」と。

 こんな家族のかたちもある。そして,こんな死の迎え方もある。家族とは,老人介護とは,そして死をどう迎えるのか…。そんなことを考えさせられた映画でした。

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